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2006.08.08

親子二代でのモヤシ作り

◆独自の製造法開発、ブランド化に成功

 モヤシの生産量日本一を誇る。モヤシは近年、健康志向を反映して食物繊維やビタミン、ミネラルを豊富に含んだ低カロリー食品として脚光を浴びる中、 本社工場のほか栃木と岐阜両県の工場をはじめ、成田食品工業、ナリタファーム、ナリタサプライコーポレーションの三グループ企業を有し、国内シェアの約 15%を占める業界のリーディングカンパニーとしてその名を全国にとどろかせている。

 その歴史は、親子二代にわたって築き上げてきた安全でおいしいモヤシ作りへのこだわりの歴史でもある。モヤシ作りの創業は1952(昭和27年) 年。先代で父親の正義さんが農業の傍ら、冬場に安定して栽培できる作物として個人で栽培を始めたのが出発点。当時は家族経営で、自宅の地下室に横穴を掘 り、十数畳の洞穴で完全手作りでモヤシを育てる日々が続いた。そんな父の姿を見て育ち、小学校時代は学校から帰ると父の仕事の手伝いに明け暮れた。「当 時、友人と遊んだ記憶がない」と振り返る。

●仙台の市場から出荷要請

 正義さんは文献などを頼りに、これまでのモヤシ作りの常識を覆す独自の製造法を開発。「細くて長い」といわれたモヤシのイメージを一新し、「太くて 短く、歯触りが良くて甘い」という現在のベストセラー商品「成田もやし」のルーツとなる商品を生み出した。それまでになかった斬新なモヤシは口コミでたち まちうわさが広まり、68年には仙台市中央卸売市場から出荷要請のビッグチャンスが舞い込んだ。翌69年には現在の会社の前身となる成田もやし製造所を設 立。仙台でも、その快進撃は止まらず、毎朝7時からの競りの前にわれ先にモヤシを手に入れようとする業者が、午前5時からモヤシを積んだトラックの前に並 んだという逸話を残す。仙台での成功を足掛かりに同年、東京都中央卸売市場に出荷を開始する。「今にして思えば、あの仙台からの出荷要請の話が、わが社の 一度目の転機となった」

●「高く売れるモヤシ」へ

 その後、再び転機が訪れるのは89年で、現在の主力商品となる「ベストモヤシ」の開発。これによってモヤシのブランド商品化に成功する。 ベストモヤシ誕生に際しては、慢性的な価格安が悩みの種だったモヤシから「高く売れるモヤシ」の開発への取り組みを開始。消費者のニーズ分析から種子選 び、それまで人の勘だけで栽培していた製造技術を一定にし、誰がいつ作っても常に高品質のモヤシが継続して作り出せるようにするため、水温など栽培に関す るすべてのことを2年間にわたってデータ化して最先端の栽培技術を確立した。オートメーションでモヤシが発育する10日間、その日ごとの最適な環境をつく り出すことができるようになり、この結果、ヒゲ根が少ないことから食感、日持ちが良く、取り組んできたモヤシ作りの集大成ともいえるヒット商品となった。 東京都中央卸売市場でも絶賛を受け95年には西日本進出の拠点となる岐阜工場設立の足掛かりとなった。

 最近はモヤシをはしめとする野菜の新芽を食べる「スプラウト」が人気を集めている。「モヤシは国内生産100%の優良生鮮野菜」をアピールし、「わ が国の野菜の自給率が少しでも上がるよう今後は、世界中から集めたさまざまな種子を使った新たなモヤシ作りと野菜栽培に力を入れ、総合野菜企業を目指した い。それが成功した時こそ、わが社の第三の転機となる」と一層、意欲をみなぎらせている。

代表取締役
佐藤義信(さとう よしのぶ)